
行政書士
財務コンサルタント
磯村 威暢
2,000万円の負債がある会社を復活させた財務管理力と、採用から資金繰り、設備投資まで、経営者として20年のキャリアで培った問題解決力を活かして中小建設業者の経営をトータルサポート。
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[建設業許可]
予測資金繰り表は、中小企業経営における羅針盤と言えます。たとえ赤字が続いていても、資金が回っていれば企業は存続できます。しかし、反対に黒字経営であっても、一瞬の資金ショートが致命傷となりかねません。つまり、将来の資金の流れを予測し、滞りなく資金を回し続けることこそが、企業存続の絶対条件なのです。特に、建設業やIT企業のように、プロジェクトの規模が大きく、入金と支払いのタイミングに大きな時間差が生じやすいビジネスモデルにおいては、3ヶ月先、半年先の資金状況を可視化する「予測資金繰り表」の運用は、安定経営の生命線と言っても過言ではありません。本稿では、この重要な経営ツールである予測資金繰り表を作成し、日々の経営に活かすことのメリットを、具体的に解説してまいります。
目次
資金繰り表と損益計算書は、どちらも企業経営に不可欠な財務諸表ですが、その役割と捉える視点は大きく異なります。顧問税理士から毎月提供される試算表(月次貸借対照表と損益計算書)は、経営状況を把握する上で重要な情報源ですが、残念ながら、損益計算書を詳細に分析したとしても、日々の事業活動における実際のお金の動き、つまり現金の流れをダイレクトに把握することは難しいのです。
その理由は、損益計算書が「発生主義」という会計原則に基づいて作成されるためです。発生主義では、現金の収受や支出の有無にかかわらず、収益は実現主義に基づき、費用は発生した時点で計上されます。例えば、工事やプロジェクトが完了し、取引先に請求書を発行した時点では、まだ入金がなくても売上として計上されます。同様に、外注費などの請求書を受け取った時点では、支払いが翌月以降であっても費用として認識されます。
さらに、損益計算書には、実際のお金の動きを伴わない費用である減価償却費が計上される一方、実際にお金の支出を伴う借入金の返済(元本部分)は費用として計上されません。このように、損益計算書はあくまで会計上の収益と費用を捉えたものであり、会社の財布から実際に出ていくお金、そして実際に入ってくるお金の流れを直接的に示すものではないのです。
これに対して、資金繰り表は「現金主義」という考え方を採用します。現金主義では、現金の収入と支出が発生した時点でのみ記録されるため、会社の実際のお金の流れをリアルタイムに把握することができます。
もちろん、損益計算書が不要というわけではありません。企業の収益性や費用構造、経営成績を評価する上で非常に重要な役割を果たします。しかし、「例え会計上の利益が赤字であっても、手元の資金が尽きなければ会社はすぐに潰れない。しかし、会計上は黒字であっても、資金がショートした瞬間に会社は立ち行かなくなる」という厳然たる事実を鑑みれば、損益計算書だけを頼りに経営を行うことの危険性は明らかです。経営者は、損益計算書と並行して、実際のお金の流れを明確に示す資金繰り表に目を向けることがとても重要です。
上述した資金繰り表には、過去の資金の動きを記録し、現状分析に役立つ「実績資金繰り表」と、将来の資金繰りの見通しを示す「予測資金繰り表」の二種類があります。実績資金繰り表は、過去の入金と支払いの実績を整理することで、資金の流れの傾向や問題点を洗い出すために活用されます。一方、予測資金繰り表は、将来の事業計画や売上予測、経費計画などを基に、数週間後、数ヶ月後の資金繰りの状況をシミュレーションするものです。
資金繰りの管理においては、足元の現金の動きをリアルタイムに把握することも重要ですが、それ以上に、将来の資金ショートのリスクを事前に察知し、対策を講じることが経営判断においては不可欠となります。そのため、実績資金繰り表も重要な分析ツールではあるものの、より積極的に経営に活用されるのは、未来の資金の流れを予測し、事前に対策を立てることを可能にする「予測資金繰り表」の方となります。
ちなみに、企業が金融機関から事業資金の融資を受ける際には、財務状況を示す重要な書類の一つとして資金繰り表の提出が求められますが、その際に提出する資金繰り表は、過去の実績を示す「実績資金繰り表」ではなく、将来の返済能力や資金計画を示す「予測資金繰り表」が一般的です。金融機関は、この予測資金繰り表を通じて、企業の将来の資金繰りの安定性や返済能力を評価します。このように、予測資金繰り表は、企業の内部管理だけでなく、外部との資金調達においても重要な役割を果たします。
建設業やIT業において、予測資金繰り表がとりわけ重要となる背景には、これらの業界特有のビジネスモデルに起因する、資金繰りの複雑性と潜在的なリスクの高さが挙げられます。一般的に、建設プロジェクトやIT開発プロジェクトは、受注から納品、そして入金までの期間が中・長期にわたることが多く、その間に多額の先行投資が必要となるケースが少なくありません。
具体的には、プロジェクトが本格的に始動する前に、協力会社や下請け業者への着手金や中間金の支払いが発生したり、人件費などが先行して支出されたりします。しかし、これらの支出に対する売上金の入金は、プロジェクト完了後、数週間から数ヶ月後になることが一般的です。
このように、支出が先行し、入金が遅れるという時間差、そして一件あたりの取引金額が非常に大きいという特性が、建設業やIT業の資金繰りを非常に不安定なものにする可能性があります。予測資金繰り表なしに経営を行っていると、たとえプロジェクト自体は順調に進捗していたとしても、予期せぬタイミングで手元の資金が枯渇するという事態を招きかねません。
したがって、建設業やIT業においては、日々の入出金を正確に把握するだけでなく、数ヶ月先の資金繰りの見通しを立て、資金ショートのリスクを事前に察知し、対応策を講じる体制を構築することが不可欠となります。具体的には、予測資金繰り表を活用することで、資金が不足する可能性のある時期を事前に特定し、金融機関からの短期融資の検討や、支払いスケジュールの調整など、適切な対策を講じることができます。予測資金繰り表の適切な運用と、それに基づいた内部管理体制の強化こそが、建設業やIT業における安定経営の鍵となります。
予測資金繰り表を運用する上で最も重要なメリットは、やはり、将来の資金ショートのリスクを早期に察知し、事前に対応策を講じることで、事業の継続が危うくなる事態を回避できるという点です。しかし、その利点はリスク回避だけに留まりません。
予測資金繰り表を継続的に見ていくことで、自社のビジネスにおけるお金の流れのクセ、例えば入金と支払いのタイミングのずれや、時期によってお金の出入りが大きく変わる状況などを、数字で具体的に把握できるようになります。これにより、「毎月、最低限いくらお金が必要なのか」という基本的な疑問に対して明確な答えを得られ、その必要な資金を確保するためには、逆算してどれくらいの売上が必要になるのかという、より現実的で達成可能な売上目標を設定することができます。
これまでの損益計画では、「前年比105%の売上を目指す」といった目標が立てられることがありますが、その根拠が曖昧なケースも少なくありません。しかし、予測資金繰り表から導き出された売上目標は、具体的な資金の必要性に基づいているため、その達成度合いが会社の存続に直接関わりますので、単なる売上目標という枠を超え、目標達成への意識を高め、より戦略的な経営判断を可能にするという点で、予測資金繰り表がもたらす大きな利点と言えます。
最後に、予測資金繰り表を作成する上で特に注意すべき点、そして計上を忘れがちでありながら、その影響が大きい項目について解説します。見込みの精度を大きく左右するにもかかわらず、うっかり見過ごしてしまうことが多いのが、固定資産税、消費税、源泉所得税といった、毎月発生しない税金です。これらの税金は、納付時期が年に数回と限られているため、月々の資金繰り予測に含めるのを忘れがちです。しかし、その納付額は一般的に大きいため、予測から漏れてしまうと、実際の資金繰りとの間に大きなずれが生じ、予期せぬ資金ショートを招く可能性があります。
また、社会保険料や労働保険料も、従業員の入退社や給与額の変動によって毎月の支払額が大きく変動する可能性があります。特に、従業員数の増減が激しい企業や、昇給や賞与の支給月などには、保険料の増額を見込んだ計上が不可欠です。これらの変動要素を考慮せずに予測を作成すると、実際には想定よりも多くの資金が流出し、資金繰りの計画が大きく狂ってしまうことがあります。
このように、金額が大きいにもかかわらず、毎月発生しない、あるいは変動しやすい費用や支出項目は、予測資金繰り表作成において特に注意が必要です。これらの計上漏れは、将来の資金繰りの見込みを大きく狂わせ、最悪の場合、突然資金ショートの危機に直面するような事態を引き起こしかねません。したがって、予測資金繰り表を作成する際には、これらの項目を意識的に洗い出し、正確に盛り込むように十分注意することが、精度の高い資金繰り予測と安定した経営に繋がる重要なポイントとなります。
本稿では、資金繰りの変動が大きい、建設業やIT業を中心に、予測資金繰り表の重要性を詳しく解説してまいりました。しかし、資金繰りの安定化と将来予測の必要性は、決してこれらの特定の業種に限った話ではありません。ビジネスの規模や業種を問わず、安定的な経営を行っていくのであれば、将来の資金の流れを把握し、事前にリスクに備えることは、全ての中小企業にとって不可欠な取り組みと言えます。
予測資金繰り表を活用することで、予期せぬ資金ショートを回避できるだけでなく、事業に必要な資金量を把握し、無理のない範囲での成長戦略を描くことも可能になります。また、金融機関との良好な関係を築き、資金調達を円滑に進める上でも、精度の高い予測資金繰り表は強力な武器となります。
中小企業が持続的な成長を遂げるためには、どんぶり勘定からの脱却と、データに基づいた科学的な経営が求められます。その第一歩として、まずは自社の資金の流れをしっかりと把握し、未来を見据えた経営を行うために、予測資金繰り表の導入と運用を検討してみてはいかがでしょうか。
もし、今回ご紹介した予測資金繰り表の作成や、それを通じた資金繰りの課題解決に向けた取り組みに不安がある場合は、財務の専門家にご相談ください。専門家は、予測資金繰り表の作成支援はもちろんのこと、その分析に基づいた具体的な改善策のご提案や、継続的な運用に関するサポートを提供することができます。資金繰りの改善は企業経営の安定化に不可欠です。専門家の知識と経験を借りることも、賢明な選択肢の一つと言えるでしょう。
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